「 日朝交渉秘話、金正日側近の証言 」
『週刊新潮』 2011年12月22日号
日本ルネッサンス 第490回
12月10日、北朝鮮人権侵害問題啓発週間が始まり、都内で「拉致被害者はなぜ生きていると言えるのか」という国際セミナーが開催された。同セミナーで北朝鮮の対南工作機関である統一戦線部(統戦部)の元幹部、張哲賢(チャンチョルヒョン)氏が語った内容は衝撃的だった。
ちなみに氏は08年に、詩集『わたしの娘を一〇〇ウォンで売ります』を世に問うた詩人張真晟(チャンジンソン)と同一人物だ。金正日総書記から「わたしの作家」と呼ばれて重用され、統戦部幹部として、機密情報にも触れてきた。氏は今回、初めて公の場で02年9月17日の小泉純一郎首相(当時)の訪朝を北朝鮮がどう見ていたか、その内幕を語った。セミナーでの発言に、別個に氏に取材した内容を加えて、当時の状況を辿ってみる。
氏は、小泉首相訪朝に至る事務レベル協議で話し合われたことを北朝鮮中枢部がどう受けとめたかを詳しく説明し、日本側は北朝鮮側の見方に同意しない面もあるだろうが、それこそが交渉の特質だと述べた。
「北朝鮮側は首脳会談を過去の歴史への日本の謝罪と植民地支配への賠償を勝ちとるための機会につなげたいと考えていました。国交正常化に持ち込み、その外交的成果の中で拉致犯罪から目を逸らさせ、日本から莫大な外貨を手に入れ、朝鮮総連の日本国内での地位と権威を強化することが大きな狙いでした」
首脳会談に至る交渉では拉致問題の認め方が重要な争点だった。
「北朝鮮側は、拉致は個別の機関が行ったとして反省と謝罪、関係者の処罰を表明するのは可能だが、政権自体、即ち金正日の関与には触れないという点にこだわりました。日本側は、日本政府が過去の歴史への謝罪を表明し、北朝鮮政府が拉致を謝罪することを提案しました」
金正日は拉致を認め謝罪し、関係者は処分済みだと首脳会談で語ったが、これは事務レベル協議での内容と一致する。しかし平壌宣言には拉致も金正日の謝罪も入らなかった。かわりに日本の過去に対する謝罪のみが書き込まれた。
捕らぬ狸の皮算用
金正日の謝罪について張氏はさらに興味深い事実を語ったが、順を追ってもうひとつの重要点、日本の支払い額についての交渉を見てみる。
「北朝鮮側は当初、400億ドル(当時の為替レートで約4・8兆円)を要求しました。日本が植民地統治期間に収奪した金額とその利子だという主張です。すると日本側は日本が作った発電所、製鉄所、鉄道などの社会基盤を北朝鮮はずっと無料で使ってきた、その費用を支払うべきだと反論しました。結局、国交正常化に伴って日本が115億ドル(約1・4兆円)を支援すると合意し、この金額は金正日に報告されました」
北朝鮮側は小泉訪朝を当初から国交正常化に結びつけていたために、交渉は北朝鮮外務省が行った。だが、統戦部はこれを評価しなかった。対南工作機関の統戦部が手がけた00年6月の南北首脳会談では、北朝鮮側は事前に金大中大統領から4・5億㌦の現金をせしめた。
だが、統戦部の意見を聞き入れて日朝首脳会談を拒む余裕は金正日にはなかった。国内経済の立て直しは緊急課題であり、政権の命運を左右する程深刻だった。結局金正日は115億ドル説を信じ、それを前提に社会科学院、人民経済大学などに北朝鮮経済再建計画を作成させたという。
経済立て直し計画の中には重要企画として全国の鉄道を単線から複線にする案があった。金正日は、輸出型経済よりも自給自足を支える国内の経済基盤構築に比重を置いた。捕らぬ狸の皮算用だが、金正日は日本政府に圧力をかけようと日本の植民地支配の「被害」を強調する対日心理戦を開始させた。
小泉首相はこうした状況下で訪朝したのだ。首相は笑顔ひとつ見せずに午前の首脳会談に入った。
「首脳会談は初めから北朝鮮政府が拉致を公式に謝罪し、反省することを日本政府が求めるという国家の自尊心をかけた戦いになりました。休憩に入ったとき、金正日は日本側代表団の一部の人間が、北朝鮮が公に謝罪しないことを強く非難し、首脳会談の中断を小泉首相に要求しているという内容の盗聴資料に目を通しました。休憩後に再開された首脳会談で、金正日は独断で拉致を認め、謝罪したのですが、これは突発的に起きた事象なのです」
小泉首相に同行した安倍晋三官房副長官が当時の状況を語った。
「午前の会談では専ら小泉首相が拉致問題などで北朝鮮側を非難し、金正日氏は何もこたえず聞いていました。休憩で別室に案内されたとき、私は総理に、北朝鮮が国家として拉致を認めず、謝罪もしないのであれば、平壌宣言に署名する必要もない。決裂でいい。断固帰国しましょうと、申し上げました。当然、盗聴されていると思いましたので、はっきり言いました」
「事前に支払いがない限り…」
金正日は拉致を認め、謝罪も可能だと交渉段階では北朝鮮外務省に言わせておきながら最後まで謝罪を回避する可能性を探っていたと思われる。その金正日に再開された会談の冒頭で謝罪させたのは、安倍氏の発言であり、事前の交渉で合意したとされる115億ドルゆえであろう。但し、安倍氏はその件は報告を受けていない。仮に数字が取り沙汰されていたとすれば、田中均アジア大洋州局長のレベルでのことだが、不届きなことにその間の外交議事録を田中氏は残していないと、安倍氏は憤る。
09年に私は、小泉政権が拉致問題に関して北朝鮮に1兆円の支払いを密約していたとの情報を報じた。首相秘書官の飯島勲氏は強く否定したが、少なくとも金正日が、資金を期待し経済立て直し計画を各部署に練らせたことは確かである。
その後、日朝国交正常化交渉は進まず、北朝鮮は資金をせしめるどころか、拉致被害者5人は北朝鮮に戻らず、日本国民は金正日と北朝鮮に憤った。思わぬ結果に怒りまくった金正日は北朝鮮外務省を「戦略もなしに希望的観測だけで仕事をする安易な機関」と非難した。対照的に、拉致を首脳会談の議題にすることはやがて日韓を拉致で連帯させ、民主主義社会の世論の反発を招くと懸念した統戦部を高く評価した。対日交渉の主導権も外務省から取り上げて統戦部に移したという。
「金正日は外交も工作だというのが口癖でした。外務省の甘いやり方に腹をたて、南北首脳会談のように事前に支払いがない限り、二度と日本と首脳会談はしない。一切、企画するなと厳命したのです」と張氏。
04年5月、拉致被害者の子供たちを連れ戻しに小泉首相が再訪朝した。会談冒頭で食糧25万㌧の支援などを約束したのはこうした北朝鮮の外交要求に妥協したのかと考えざるを得ない。